なんだかんだ叫んだって

やりたいことやるべきです

ご飯の「うまみ」は人それぞれ

昨晩のこと。

何気なくテレビを見ていたら、セブンルールという番組に「平野紗季子さん」という方が出演していた。

何となく見たことがある気がして、なんの人だっけ?という興味を覚えて、そのまま番組を見続けた。

 

どうやら「平野さん」は”自称ごはん狂”であるそうだ。

小学生の頃から”食べること”に対して異常な執着をし続け、食べたごはんの感想を毎日

ごはん日記/ブログ」なるものに書き続けていた。

すると、それが20歳そこそこの時に雑誌編集者の目に止まり、

エッセイ本を出すに至り、現在に至ってはいくつもの雑誌に連載を持つ

「食のエッセスト」として活躍している人、、らしい。

 

ああ、そうだったなあ。そんな感じだったなあ。

確かに、なんかすごくご飯が好きな人だったよなあ。

と、あやふやな記憶をぼんやり思い出し味わいながら、何となしにテレビを眺めていると、

彼女がこんなようなことを言っていてとても羨ましいものの見方だなあと思った。

 

--------------------------------------------------------------------------------------

 

「ごはんは美味しいだけが全てではない」

 

---------------------------------------------------------------------------------------

※的なことです。うる覚えなので許してちょ。

 

これは、確かに!!

なるほどなあ。と思った。

 

例えば、ぼくは実家で食べるご飯が好きだ。

「おいしい!!」料理があれば「なんだかなあ」..と正直なところ感じてしまう料理も

ある。

でも、ぼくが実家の料理が好きである理由は、

 

・家族で食卓を囲んでいる雰囲気の温かみ

ことであったり、

・ぼくが小さかった頃、おばあちゃんと二人でご飯を食べた時の柔らかい雰囲気を思い出す

ことであったり、ご飯の美味しさ以外にも、そのご飯を愛する理由がたくさんある。

 

多分、「平野さん」はそういうことを言っていたのかなぁ、と思った。

まずからこそ感じられるその美味しさ。

のようなもの。

 

ご飯だけにとどまらず、物事を見る角度を少しずらして見たり、五感の別の部分を使って見ると、案外楽しめちゃったりするものだよなあ。

 

自分の今のものの見方をちゃぶ台返しくるりとひっくり返して見ると、

別の見方だ見えてくるかもしれないし、見えてこないかもしてない。

どっちでもいいかもしれない。

 

でも、『自分の見方だけが絶対に正しいんだ』と思い込んでいることで、

見逃してしまう小さな幸せがあるとちょっぴりもったいないなぁと思ったり。

見落としてしまう、小さなご飯粒があるかもしれないなあ、と思ったり、、、

 

と、そんなことを改めて思いまして、心に留めておきたく思わずブログを書いた次第。

 

ps.

「平野紗季子さん」めちゃくちゃ可愛い上に、程よく現代の女子っぽくなくて超素敵!!!!可愛い!!!好き!!

一発でファンになりました。