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乱読のセレンディピティ 外山滋比古著

「乱読のセレンディピティ外山滋比古

 

乱読とは

「読書体験に置いて、意味の取り違えを意に介さず、兎にも角にも文章を飲み込んでいくことである」

※本文中に書いてあったわけではありません。極めて個人的な解釈です。

 

【面白かったところ】

乱読の効用を、

「辞書引きながらでも中々意味が取れなかった英文をネイティブに読み上げてもらったら、意味がすーっと入ってきた」

ということに例えて説明しているのが、面白かった。

 

本の意味を正確に解釈しようとすることが、

かえってよい読書体験の妨げになっているのかもしれない。

 

拾い読みでも斜め読みでも、著者の主張を取り違えたっていいから、

本の内容に「へー」とか「はー」とか関心に思う瞬間が少しでもあれば、御の字。

そんな興味や関心の断片が、知らず知らずのうちに頭の中で勝手に結びついて

セレンディピティ」を産むのかもしれない。

 

頭を回転されるためには何が効果的かというと、

「読み文化や書き文化」 < 「話し文化」

らしい。

これは、とても面白いことだと思った。

確かに、自分自身振り返ってみると、誰かと話しているときは、自分でも思いがけないことを口に来てたりするものだなあと思った。

へむへむ。

特に異分野異業種の人とのおしゃべりは刺激的で面白いものらしい。 

 

まさか、「乱読のセレンディピティ」という題名からは、よもや読み書きよりも、

誰かとお話しすることが、新たな発見につながる可能性が高いなんてことを主張されると思いませんでしたww

 

【結論のようなもの

 

アウトプットありきのインプット。

インプットは多少乱雑でも構わない。むしろ意味の取り違えなんてきにすることなく、節操ないほど積極的に情報を乱取りして行った方が、個性的な発想につながるってもんだ。

あと、おしゃべりは大事。人生は他者。自分の中で意見をこねくり回すより、積極的な意見の交換をしよう。

 

【一言こらむ】

あと、あんまりこの本に関係ないけど、

頭が良い人って、物事を抽象化することが得意な人のことだと思うの。

抽象化すること=物事を曲解せずに意訳して整理整頓すること

だと思うから。

だから、説明が上手なんだと思うわ。そんな風になりたいものね。