自称山崎賢人似26歳日記

自称山崎賢人似の26歳の日記です。彼女はいます。

14歳の哲学をちょっと読んだ。難しかった。

最近、「14歳の哲学」という本を読んだ。

副題として「14歳までに考えておきたいこと」とついている。

 

しかし、本の内容は決して簡単ではないし、なんなら、価値観が凝り固まった大人にとっては、読んでてつらい。

 

正しいと思っていたことが、そうでない。

という足元を揺るがす感覚。

 

「哲学」というのは、その響きの硬さから敬遠されてしまうことは多いけど、

本のテーマの中には「仕事」とか「自由」とか「性」とか、僕らの身近なものがたくさんある。

 

特に、僕が思わず「うーむ」と唸ってしまったのは、

「仕事」のテーマだ。

 

書いてあったことはこう。

「僕たちは生きるために働いているわけではないよね?」

これは、生きていくためには自分が今している仕事を仕方なしにせざるを得ないからしょうがないよね、いう自分を正当化してしまう人への、問題提起だー。

 

こんなことを聞くとつらいかい?

 

僕は、こういう言葉に出会った時に、まだギリギリ

「僕はまだ大丈夫」

と、自分の立ち位置の正しさを再確認する。

 

立っているには、

自分を正当化することもちょっとは必要なことだと僕は思う。

だけど、それをいつまでも盾にしてはいけないよね。

 

たくさん考えられる本だなぁとおもいます。

 

引き続き、読み進めます。

 

ps.

別の何かで知った言葉で、

「哲学とは、哲学することを学ぶことができるのみである」

というものがある。

僕らは、自分の頭で考えることを辞めず、自分が納得できる答えを探し続けると、いいね。

 

 

 

 

 

 

 

「戦場写真記者の行方」という名のトドメの接吻

「戦場写真記者の行方」藤谷雅彦著

 

精神科医として働く”中井”。年は50近く。

平日は都心にある総合病院にて精神科医として勤務。

毎週土曜日は、医学部生時代の恩師”伊藤”の助言に従い、恩師が開業した「伊藤医院」で内科医として勤務している。

 

恩師伊藤からの助言は、こうだ。

「君は特別な力を持っている。こと、精神科医となれば、その力により患者の心を支配しかねない。だから、内科医として勤務するのが良い。」

 

中井は、その言葉の真意は測りかねたものの、その助言を半ば受け入れ、

普段は精神科医、週末は内科医として働いている。

 

中井の元に、旧知の藤村から

「人を預かって欲しい。」

との連絡が入る。

しかも、精神科医として病院で預かるのではなく、中井の自宅で預かって欲しい。のだと。

 

預かって欲しいという男の名は竜崎。年は60歳。

若い時分から、アメリカの報道社「グローブ・タイムズ」の専属の「戦場写真記者」として、世界各地に赴き、銃撃や爆破テロなどが日常的に起きる、戦争や紛争の現場の写真を撮り続けていた。

 

イラクに訪問していた日本人外交官が、現地の日本大使館に、精神錯乱状態で保護されていた竜崎を引き取り、日本に連れ帰り、親交の深く知人に精神科医のいる藤村に、今回の件を頼んだ。ということらしい。

 

精神科医」の中井に預けられる「戦争写真記者」竜崎。

戦地イラクで竜崎の身に起きたことは一体なんなのか。

人の心を癒すことを職業とする中井が竜崎にしてやれることはなんなのか。

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人間を業と心。

 

「戦争写真記者」だからと言って、銃撃戦の最中、服が火で焼かれ裸のまま銃弾から必死で逃げる少女の写真を取ることは、一体なんのためになるのか。

その場に居合わせた自分が人としてまず第一にすべきことは、

その少女を、人間の命を救い上げることではないのか。

 

竜崎は、自らが生業としてきた「戦争写真記者」の仕事を通して、精神を病んだ。

自らのしたことが、何かの救いになっているか。思ってしまったからだろう。

 

竜崎の心は優しい。

作中の表現で、竜崎は「受け入れる人」だ。ということが書かれていた。

対して、竜崎を心の拠り所にしていた女性達は「立ち向かう人」だと。

 

男性は「受け入れる」

女性は「立ち向かう」

ということなのかな。

 

女性は強い。ということは確かに共感。僕もそう思う。

「立ち向かう」時に不安になるけど、僕たち男が「受け入れる」ものとして、彼女達を支える。

なんとドラマチックな構図...

 

「父と母」の関係にも似たとこともあるような気がします。

・男性=「受け入れる人」=「母」

・女性=「立ち向かう人」=「父」

ですが笑

 

日本的な家族像って、断然、

父が稼ぎ、母が家庭を支える。って感じじゃないですか?

 

でも、実は、本能的に逆の方が向いているんじゃないかと思うんですよね。

女性の方が、精神的に圧倒的に強靭。

男性の方が、か弱い。女々しい。

 

だから、、

だから、別にどうってことはないですけど笑

 

・女性的な強さと男性的な強さ

・女性的な弱さと男性的な弱さ

っているのも、違いますもんね。

 

こうだらこう、みたいな決まり切った味方って窮屈ですよね。

 

最近

「物事はみる角度によって真実は異なる」

正解はない。

ってことを学び始めました。

 

正しさは個々人が選べばいいもので、他人がとやかく言うべきものではないですよねwww

無粋ですよ。と。

 

たまたま渋谷の道玄坂で拾った本だけど、

いい本だったので、よかったですwww

 

 

「祖父の記憶」という名のトドメの接吻

お題「もう一度行きたい場所」

 

実際に体験したことか、記憶違いか、定かではないが、

印象深い情景がある。

 

それは、海だ。

場所に関する記憶それしかない。

 

その情景の登場人物は

・ぼく

・祖父

・女性

の三人だ。

女性に関しては、それが祖母だったのか、母だったのか、分からない。

 

それは曇っていた。

海は灰色に濁っていた。

ぼくの小さいからだを両手で抱き上げた祖父は、

そのまま波際からぐんぐん沖に進み、水位がその腰の高さまでくるほどの深さの場所まで進んだ。

祖父の身長は180cmぐらいあったので、実際の水位は1mより少し高いぐらいだったと思う。

 

女性が砂浜に敷いたレジャーシートに座り、ぼんやりぼくらを眺めている。

 

情景の中のぼくは、祖父の腕の中で、自分の背丈ほどの水位の場所まで、連れてこられたことに対する恐怖でいっぱいだった。

 

そんなぼくの気持ちを知ってかしらずか、

祖父は砂浜を背に向けてそのからだを太陽に照らされたまま、立ち尽くしている。

 

ぼくは祖父の腕の中から、祖父の顔を見上げる。

影になって表情が見えない代わりに、顎の周りを覆う、白く細かい髭が見える。

 

しばらくして、

沖から背の高い波が迫ってくる。

当然、小さいぼくの目線よりも高い位置にその波はある。

 

迫り来る波に怯え、顔を祖父のお腹に埋める。

 

祖父は、

ぼくのことを一瞬だけ、強く抱いた。

 

そして、次の瞬間。

飛沫をあげて迫り来る波の中に、小さなぼくのからだを思い切り、投げ込んだ。

 

状況を理解する間も無く、

みずにのまれるぼく。波に激しく転がされる。

みずをたくさんのむぼく。波が体を沖へと運ぶ。

 

水をかなりの量飲み、呼吸をしようとするたびに水を飲み、喉が塩辛くなる。

手を伸ばすも、波に転がされて、どこに向かって手が伸びているかもわからない。

小さいながら、

ぼくは、死ぬ。と予感した。

気を失った。

 

どのくらいの時間が過ぎていたのか。

気を失ったぼくが目を覚ますと、砂浜に敷いたレジャーシートに座る祖父の腕に抱かれていた。

祖父の横に座る女性が微笑む。

その女性は微笑みながら、

「お兄ちゃんも同じことをされたのよ」

と言った。

 

祖父がその時どんな顔をしていたのか、全く覚えていない。

なぜ、そんなことをぼくと兄にしたのか、わからない。

 

実感とてはは残っているものの、

本当にあった出来事なのか、なぜかあんまり自信がない。

それは、僕の中にボケてしまった祖父の記憶しかないからかもしれない。

 

時折、夢に見たりふとした折に思い出したりすると、

僕はとても懐かしくて嬉しい気持ちになる。

 

その確か記憶なのかなんなのか不明な情景は、

とてもあたたかいからだ。

 

祖父は優しかった。

ボケてしまっても優しかった。

大好きだった。

 

ふと、押してみたはてなブログの「お題スポット」のおかげで、

あと、そんな祖父のことを思い出すことができた。

 

ありがとう。はてなブログ

 

「チーズダッカルビ」という名のトドメの接吻

チーズダッカルビ

生まれて初めて食べました。大久保で。

感想は別になんてことない。

韓国料理特有の大味な感じで、甘辛くて、チーズモリモリで半端なく胃もたれしてる。

美味しかったけど。

ビール2杯はギブ。

友達と二人で行って、一人2000千円。

コスパ最強。

 

まだ、

東京に来て、4月でやっと一年になる。

 

今日、大久保に行ってみて、

韓国料理屋だらけでびっくりした笑

 

どうして、東京は、こんなに街ごとに色が違うのか。

とっても興味深いことです。

 

もう気がついたら3月。

時が過ぎるのは日に日に体感として早くなる。

 

近所の川で桜が咲いて昨日の雨でもう散った。

 

いろんなことしよう今年は。

 

ps.

バイトの時給が上がりそう。嬉しい。

「ぼくの音楽のシュミ」いう名のトドメの接吻

🎸音楽🎸

〜邦楽編〜

くるり「街」


くるり 街(ROCK IN JAPAN FESTIVAL)

 

コード感が好き。

「夕暮れのスーパーマーケットの前で…」

らへんの流れが好き。

この街はぼくのもの!!!!!

 

②馬の骨「燃え殻」


燃え殻

キリンジの弟のソロプロジェクト「馬の骨」(今は終わってますが)

自分がメンタル的に弱っている時に聞くと、泣いちゃう。男の子だもん。そんな曲。

作家「燃え殻」さんの小説「僕たちは大人になれなかった」も私がとても好きな本。

激推し。

 

③D.A.N 「Zidane」


D.A.N. - Zidane (Official Video)

 

自然と踊り出しちゃう。ハンドクラップがおしゃれ。

 

④DYGL 「All I Want」


DYGL - All I Want (Live)

生まれ変わったら、こんなロックバンドやりたい。

今、個人的に一番かっこいいと思うバンド。DYGL。

同バンドの楽曲「Don't Know Where It Is」も最強にかっこいい。

 

サニーデイサービス「セツナ」


Sunny Day Service - セツナ【official video】

 

このPVの娘がぼくの彼女に似てる。だから好き。(素敵な理由でしょ?)

 

⑥ベースボールベアー「The Cut」


Base Ball Bear - The Cut -feat. RHYMESTER-

ベースボールベアーの曲は全部好き。この曲は格別。

Mummy-Dのlyricやばー。

 

〜洋楽編〜

 

①Alabama Shakes 「Don't Wanna Fight


Alabama Shakes - Don't Wanna Fight (Official Video - Live from Capitol Studio A)

 

歌い出し最強。超ソウルフル。ドーパミン洪水。

 

 

 Beck 「Paper Tiger


Beck - Paper Tiger

 

脱力感にひたすら浸りたい時に聞く曲。

時折鋭いストリングスが入ってくる感じがとても好き。

 

oasis 「she is Electric」


Oasis - She's Electric

 

可愛い曲。やっぱオアシスはグッとメロディな曲が多いなぁ。

 

Velvet Underground 「RUN RUN RUN」


Velvet Underground - RUN RUN RUN (LIVE)

 

あんまり、ベルベット知らないけど、この曲は好き。

リズムが好き。

 

 

書くことが思い浮かばなかったので、自分の音楽の趣味について書きました。

同じ趣味の人がいたら絶対に仲良くなれる。そんな君を愛してる。

だからぼくも愛して!!!(コメントして!!!)

朝井リョウ著「もう一度生まれる」という名のトドメの接吻

朝井リョウ著「もう一度生まれる」を読んだ。

 

舞台は高田馬場にある大学だったり、ダンスの専門学校だったり、美大だったりする。

登場人物は、

・誰もが憧れる華やかな容姿の女の子

・髪に青いメッシュが入った女の子

・いわゆる「普通」の大学生の男の子

・映画作りにのめり込む男の子

とか色々出てくるが、

こんなものは、限定されたコミュニティでだけ、一見「すごい」とか特徴的に見られるだけで、実際にはいくらでも似たような人はいる。

自分に似たような人はたくさんいる。

悲しいが事実。

 

それでも、自分が属するその狭いコミュニティの中でも、

人は自分のことを「すごい」特別な存在でありたいと思うものだ。

他人から羨ましがられて、尊敬の対象となって、たまたま表彰されたり一定の評価をえたりして。

とにかく、自分は他の人とは違う「特性」「能力」「センス」を持っていると思いたいものだ、よね。

 

でも、やっぱり、どうしても、生きる世界が広がるに従って、

自分の「たかが知れている」ことに気がつき始める。

 

愕然とする。呼吸もできなくなる。

僕たちはそれだけで十分すぎるほど傷つくことができるほど、ナイーブだ。

こと、そのぐらいの年齢においては。

 

時にはそこで諦めてしまうこともある。

「自分はいくらやってもあの人には叶わない」

など、努力をしないことの言い訳だったり

「あの人は才能があるだけで、他の人より得をしている」

と、自分より秀でている他者の営みを否定したり。

 

才能だけで成り立っているものなどない。

僕らは言い訳することでしか、自分を正当化できない。

そんなのは悲しすぎる。

 

それでも自分に勝ち抜くための方法はないか。

努力をすることで抜きん出る道はないか。

自分が心地よく呼吸をできるための苦しみを甘んじて受ける勇気が僕にはあるか。

 

少なくとも、

「ハル」が背負っていた「歪んでいる自尊心」や、「椿」のように自分が持って生まれたものをたくましく使って人生を器用に生きるずるさや、「」が向き合っていた自分が好きなことを仕事にしていくために向き合う強さなど、何一つそんな輝かしい過去はない。

 

羨ましい。

挫折した過去は自らが挑んだ証だ。僕には胸を張って語れる過去がない。

自ずから鮮やかに描ける過去などない。

こうやって、あやふやな日本語を駆使して、なんとなく自分を表現しているような気持ちになることしかできない。

 

朝井リョウの本を読むと、

登場人物のうち、誰のキャラクターに近いかな、ってことを考える。

 

それだけ、朝井さんの書くキャラクターは、それぞれが個性的。

でも、結局考えても、ぴったりと自分に重なるキャラクターはいない。

ちょっとずつ、どのキャラクターにも重なる部分があることに読み進めると気がつく。

 

それによって、

僕は自分自身の個性のなさを、恥ずかしくなったり、無計画な自分の人生を悔やんだり、無軌道な人生を情けなく思ったりする。

 

僕は、どこに向かうのだろう。

どこまで行けるんだろう。

 

グダグダ行ってないで、何か始めろって話ね。

 

なかなか動き出せずにうだうだしている自分が嫌になっている人。

朝井リョウさんの本、読んでみるといいですよ。

 

眩しいけど、ちゃんと照れないで、まっすぐ現実を見ましょう。

ばいやーい。

「マインドフルネス」と言う最高のトドメの接吻

マインドフルネスとは、東洋思想(禅とか)の”瞑想”からヒントを得たものであり、

自分のあるがままを認知して「過去」とか「未来」とか、そういった余計なものにマインド・思想・集中力を奪われることなく、「現在」に圧倒的に注意力を割くための、方法らしい。

 

方法は簡単、瞑想するだけだ。

一応本に書いてあったことを断片的に書き出すと、

・座る

・背筋を伸ばす

・お腹には力を入れない

・呼吸にのみ集中。(深呼吸とかじゃなくていつも通りの呼吸でおけ)

・全身に気が満ちることを感じる

・雑念が浮かんだら、一旦受け入れて、すぐ呼吸に注意を戻す(ここが重要)

とか、色々。

 

自分なりの方法を確立することができたら、この限りでない。多分。

何より大切なのは、脳は習慣を好むので、同じ時間や場所でマインドフルネスをやることだそうです。

 

自分では何も考えていないように思っていても、人間の脳と言うのは、実は稼働している。この機能を「デフォルトモードネットワーク(DMNW)」と言うらしい。

脳の活動のうち、この「DMNW」の活動は、なんと「60〜70%」を占めているらしい。すごいよね。

そして、人間の脳も身体同様、使えば疲れてしまうものであるため、いかにして、不要な思考(「過去」を悔やんだり「未来」を憂いたり)を減らす、、すなわち、「DMNW」の働きを減らして、生産的な思考のために脳を活用することが、できるか。と言うことが大切である。とのこと。

 

なんとなく、だるい。たくさん眠ったのに。

みたいなことは、往往にしてあると思うが、この原因の一つとして考えられることが、

「脳の疲れ」出そう。

さっき言ったように、体と同じく、脳も使えば疲れるもの。

疲れた脳を癒すには、睡眠を十分にとるだけじゃ、いけない。(もちろん睡眠も大切だが)

 

それより何より大切なのは、

マインドフルネス(瞑想)によって、凝り固まった脳の疲れを癒してあげることだ。

 

脳を適切な思考にのみ使い、

充実したライフを送るために、「マインドフルネス」。

習慣にぜひ取り入れよう。